グライアイの吐く嘘 1
「あー…またかよ、面倒臭ぇ」
独り言は夜の緑色に吸い込まれる。
聞いていた音楽も街頭の大きな時計も動きを止めてしまっていた。
何時からだったかは忘れてしまったが、こんな夜を何度も経験している。
別段恐ろしい訳でも無い、ただの静寂。
ヤヨイは小さく笑い息を吐くと立ち上がった。
笑いは何の意味も持たない単なる癖である。
ふ、と顔を上げると人影が目に映る。
今迄幾度と無くこんな夜を迎えたが人影が目に映ったのは初めての事だった。
緑色と同時に現れる沢山の棺桶の隙間を掻い潜って、何時しかヤヨイの足は其の人影の方向に向かう。
(あ、やっぱり人だ)
其の人影は一つでは無く三つ。
話し合いでもしているのか、目立って動くと言う訳でも無かった。
気配に気付いたのか一人が振り返ると、丁度間抜けな顔で見ていたヤヨイと目が合う。
瞬間、曇った空気を覚えさせた。
「…適応者?」
目が合った相手は赤く長い髪に真っ白なドレスを着ていて、病的な美しさを感じさせる少女だった。
ヤヨイは、ああ雑踏に居ても見失わない目立ち様だなあ、等と関係の無い事を考えていて、其の少女が呟いた言葉に答えるのが遅れてしまった。
「あ?適応?」
一呼吸置いて答えると、拍子の抜けた声が出る。
適応者、初対面にそんな単語を聞いたのは初めてだ。
其の声にゆっくりと振り返ったもう一人と、素早く振り返ったもう一人。
それぞれの方向に目を向けると、やはり目が合った。
一人は色の無い髪をした白く痩せ細った少年で、一人は青い髪に眼鏡を掛けた少年だった。
各々に危うい印象と神経質な印象を受ける。
丁度自分と同じ位の歳の、人間。
揃いも揃って何処と無く薄暗い空気を纏って一体何をして居ると言うのだろうか。
幾度と無く迎えるこう言った夜に人の姿なんて無い筈だった。
驚くよりも先に、何故か少しだけ喜びに似た物を覚える。
今度はヤヨイが先に口を開いた。
「この時間帯に人見たの初めてでさー、で、適応者って何なの?」
想像以上に馴れ馴れしく、軽く響いた言葉に三人ともが眉を顰める。
恐らく今の発言からすると何も知らない。
時間帯と言う言葉は影時間の概念だけを表しているのだろう。
適応者の意味も影時間の意味もきっと理解していない。
「この時間に自由に動ける人間の事や、ホンマに知らんのか?」
「うん?そう、知らなかったー」
「で、今の時間帯が影時間、影時間には適応者以外は象徴化する」
「おう、それでそれでー?」
興味を示しているらしい眼差しと緊張感の無い声でもって、ヤヨイは返答する。
相手の引き具合等考えられない程、人に会えたのが嬉しいらしい。
根負け、と言うのだろうか、そんな表情の儘青い髪の少年は一通り説明をし始めた。
「ん、何となく理解したよ、ありがと」
一通り説明が終ると三人は其の場から離れようとする。
思わず出た言葉は引き止めたい一心からだったのかも知れない。
「待ってよ、」
「もう説明は終わりや」
「名前、教えてくんない?」
相変わらず緊張感の無い声に若干苛立ったのか、青い髪の少年は口早に答える。
「ジン、こっちがタカヤでこっちがチドリ、これでえぇか?」
「うん、ありがと、ジン」
人懐っこい、と言われるで有ろう笑みを浮かべ満足気に頷く。
其の様子にジンは溜息を吐くとぼそりと呟いた。
「で…聞いといてアンタは名乗らんのか?」
「アッハ、優しいねー、聞いてくれんだ?」
「…面倒臭いやっちゃな」
「ヤヨイ、」
名乗るといつもの笑う癖が出てしまい、息が漏れる。
特に何も可笑しい事は無い筈だと自分で思って居たヤヨイは一度だけ小さく首を振った。
一通り受けた説明の中には物騒な代行屋の事も有り、自分達には関わらない方が良いと言う雰囲気も混ぜられていた。
しかし今聞き知ったばかりの適応者と言うのは少ないらしい。周りは未だ棺桶の儘だ。
引き止めたくて名前を聞いた事も、次に口をついて出てくるであろう言葉が容易に想像出来る事も、ヤヨイ自身にとっては珍しいものだった。
客観的に考えて其れを理解し、自分は其れが可笑しくて笑ったのだろう。
要は、寂しいのだ。
何時もより少しだけ多めに笑うと一息吐く。
口元に笑みを浮かべると、さっき想像した言葉其の物を吐き出した。
「あのさ、楽しそうだから俺も混ぜてくんない?」
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