むかしむかし
あのね、いまからおはなししてあげる。むかしむかしにあったこと。
きっとききながら、あなたはねむってしまうんでしょうけど。
昔々、或るところに女の子が居ました。
女の子はごく普通の女の子でした。
みんなと同じ様に生活し、何処にでも居る様な、普通の女の子。
みんなと同じ様に笑って、泣いて、怒る、普通の女の子。
一つ変わった事と言えば、両親が居ない事でした。
女の子はきちんと育ててくれる人が居たので悲しくはありませんでした。
或る日女の子は育ての親に呼ばれました。
何の疑問も無く、女の子は部屋に向かいました。
しかし、そこに待って居たのはいつもの優しい育ての親ではありませんでした。
ただ、笑顔ではあったので女の子はいつもの様に聞きました。
「なにかごようですか?」
其の言葉に笑顔は歪んだものに変わっていきました。
育ての親の其の男は、愉しそうに笑いながら言いました。
「さあ、こっちへおいで」
女の子は歪んだ笑顔には気づかずに、男の方へ駆け寄りました。
部屋の様子も変なところはありませんし、男もいつもと同じ様に見えました。
一つ変わった事と言えば、窓の外の空が重い緑色だった事でした。
男は優しく笑い、女の子を抱き上げて、そして言いました。
「たのしいことをしよう」
其の次の日から女の子は少し、様子が変わりました。
笑わない、泣かない、怒らない。
全ての感情が消えうせた顔で、じっとするようになりました。
みんなと同じ様によく輝く目は濁りました。
みんなと同じ様によく話す口は閉じました。
みんなと同じ様によく動く足は止まりました。
空が緑色になると女の子の部屋から楽しそうな話し声が聞こえるようになりました。
でも其の話し声は、女の子の声ではありませんでした。
誰か別の、小さな女の子の声の様でした。
其の小さな女の子の話し声は一生懸命で、まるで、
前の日までの、みんなと同じ様だった頃の女の子の声でした。
ほうら、やっぱりねむってしまった。むかしむかしにあったこと。
もうおはなししてあげない。
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