ワーズワースの子守唄
深く柔らかく、規則的になった音に気が付いて肩越しに覗く。
元より静かで耳に逆らわない彼女の呼吸が、寝息に変わる瞬間を、今日こそ捉えようと思っていたのに。
「また逃してしまった」
悔しさを言葉にしながら、男は満足していた。
詩を綴る感性は持たずとも、古人の言葉をなぞる事で、彼女を穏やかな時間に招く事が出来る。
「明日はこの続きにしようか、それともまた別の」
答えは無くとも、言葉が口をつく。
高揚感から饒舌になるのは、悪い癖だ。
彼女の眠りを妨げる前に、私も眠る事にしよう。
少し散らばった黒髪を撫で整え、抱き寄せると、僅かに身じろぎした。
多少肝を冷やしたが、彼女の目は閉じられたままだ。安堵する。
この小さな温もりが、何よりも穏やかな眠りをもたらす。
出来ることなら毎夜、この安らぎと共に眠りたいものだ。
願望と諦めと、微かな嫉妬は、輪郭を形成する前に夢に溶けた。
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